【鹿児島食深訪(かごしまくいしんぼう)コーナー】

鹿児島食探訪・・(しょくたんぼう)ではありません。食深坊(くいしんぼう)です。(^o^;)
鹿児島の独自性ある食べ物について深くつっこんでみるコーナー。
自分たちの食べているものについての何か新しい発見があるかも。焼酎の肴になるかどうかは関係ありません。あしからず・・・・
第1回 【かるかん】
▲かるかん饅頭(国分市 とらや提供)

 

■かるかんは鹿児島土産菓子の王者

▲箱かるかん(国分市 とらや提供


  かるかんといえば、鹿児島県の人でなくてもおなじみの方も多いと思う。現在かるかんはいつでも買って食べられるし、別段懐かしいというわけではないが、調べてみると、昔のかるかんのありかたと、今のかるかんのあり方がずいぶんと違うことに気が付いた。現在は鹿児島のおみやげ物の王者として君臨するかるかんが、昔と今とでどのようにちがっているのか、調べてみた。

■そもそも”かるかん”とは?

 かるかんは蒸し菓子で、やまいもと米粉と砂糖を練って蒸したものである。白い砂糖が普通に潤沢に使えるようになったのは明治になってからで、江戸時代までは薩摩藩の財政を支えた鹿児島の重要産物だったので、一般には出回らぬ貴重品だったのである。明治になって白砂糖が普及し、一般の家庭でお菓子が作られるようになり、慶事や行事の時の進物として送られる習慣がひろがった。

▲棹物菓子(国分市 とらや提供)

左写真手前から、
高麗餅(これもち)
煎粉餅(いこもち)
木目羹(きもっかん)
小豆羹(あずっかん)

※読み方は鹿児島弁にしてある。

これら、かるかんもいれて五種のお菓子の造り手は主に家庭の主婦だった。ちゃんと作ることができるということが良いお嫁さんの条件で、親から子へ子から孫へ家庭の味が受け継がれていった。これらは、いずれも棒状に造って小口切りにする菓子で、『棹物菓子(さおものがし)』という。かるかんは、このうちの一つで、もともと棹物菓子だったわけだ。これを丸い型に入れて小豆餡を入れ蒸し上げると『かるかん饅頭』になる。いまでは、『かるかん饅頭』の方がポピュラーになってしまった。

■かるかんのはじまり

 市販のかるかんの栞には、『二十八代当主島津斉彬が、播州明石の菓子職人八島六兵衛を江戸から連れ帰り御用菓子職人にした。六兵衛が薩摩の山芋と良米に目を付け苦心の末完成したのがかるかん。』というようなことが書いてあるものもあるが、実際にかるかんとおぼしき菓子が文献に出てくるのは斉彬の時代よりも百年以上も古い。薩摩藩庖丁人頭であった石原伝兵衛の『御献立留』によれば、元禄十二年(1699)二十代島津綱貴の50歳の誕生日の御祝いに出されたという記録が残っているのである。

 また一方、南方の食文化との関連性も無視できない。フィリピンに残る『プト』というお菓子など、米の粉を使った蒸し菓子は東南アジアにもあるし、沖縄には『ムーチー』と呼ばれる蒸した餅菓子もある。鹿児島には

▲かからんだんご

米の粉を蒸したお菓子といえば『かからんだご』『けせんだご』などがあり、これらのことから、南方に開けていた薩摩にも米の粉を蒸してお菓子にする文化が海を伝って古くから伝わってきていたのではと思われるのである。
 播州明石の菓子職人八島六兵衛は、幕末期に鹿児島に古くからあった蒸し菓子の製法を現代の真っ白く上品な菓子に仕上げた功労者だったのでは無かろうかと想像できるのである。かるかんの栞のストーリーとは海を渡った南方伝来の食文化と江戸の菓子造りのコラボレーションだったというわけだ。
 江戸時代の各藩の記録にはいろんなところにかるかんの記述が見られるという。薩摩藩の江戸屋敷における各藩への接待でかるかんが供されたものと思われ、昔から高級な菓子だったことが伺われるのである。

■昭和初期の家庭で作られていた頃のレシピ

  昔の食生活の記録をとどめ、近世日本の食文化の発達変遷の歴史を考察する上で間違いなく名著であると筆者が思う、『聞き書き鹿児島の食事』(農山漁村文化協会発行)に、昭和初期の鹿児島の商家で造られていたかるかんのレシピの記述がある。三月の節句や法事などにつくるもので、材料はシンプル。造り方の工程もシンプルだ。

うるち米の粉  100匁
やまいも    100匁
白砂糖     150〜170匁
水        100匁 (1匁は約3.75g)

1.やまいもの皮をむきすりおろしたものをよくよくすり鉢でする。
2.途中で少々水をさしながら、ふっくらふくらんで量が多くなるまでする。 さらに水と砂糖、米の粉を入れながらよくすり混ぜる。
3.木でつくった四角い蒸籠にふきんを濡らしてしぼったものを敷き種を流し込んで蒸す。箸で刺してみて粉などが着かなくなるまで蒸し上げる。

 実際はこのヤマイモをすり下ろすまでの下準備、(手で皮を剥いて酢水につけてあくを抜き一晩冷水にさらす)や蒸すときの火加減はなかなかコツのいる仕事で、シンプルながら上手に造るとなると熟練を要するようである。

■かるかんの味の決め手

 かるかんはヤマイモがなければつくれない。ヤマイモの収穫の時期は晩秋から冬にかけてであるが、冷凍で保存が利くため今では一年中見られるようになった。昔は肌寒さを覚えるようになった頃、お菓子屋さんの店先に「かるかんはじめました」と張り紙が出るものであった。季節感のある食べ物だったのだ。

▲自然薯のヤマイモ


 さて、かるかんの味の決め手になるこのヤマイモ。「ヤマイモ」という植物であるが日本原産でヤマノイモ科ヤマノイモ属、英語で[yam]というのだそうである。東南アジアからアフリカで食料になっている「ヤムイモ」も[yam]。こういう芋のことを総称して[yam]というらしく、この[yam]のうち日本のヤマイモは温帯性の品種で世界的に見て珍しい物なのだそうだ。芋類は通常加熱して食すのはご存じの通りだが、生で食べることの出来る芋はこのヤマイモだけだ。

 ヤマイモは、精力増強に効果があるなどといわれ、進んで食する人が多いが、ねばねばした粘りが良いとされている。ヤマイモと似ているが異なるのが「長芋」といわれるものでこれは粘りが弱く水っぽい。ヤマイモのなかで自然薯といわれる物でも栽培しているものは、パイプなどに入れてまっすぐ育てるためきれいすぎて粘りはいまひとつ。一番旨いのはやはり山で掘るほんとの”自然”薯であり、自然な状態だと虫食いがあったりして、ヤマイモが自分の体を修復しようとして粘りが増すのである。ところが、山の自然薯は細くて長いので完全な状態で掘り取るのは大変手間と時間がかかる。段取りを考えながら掘らないと、途中で折ったりしたらたいへんだ。そこで掘る人は非常にあれこれ堀り方を考える。

「こっちをこげんしてほって、そんつぎがこっちやろかいね、したぎいなちたひっぱって・・んにゃしたらひっちぎるっでまちったここをほらんと・・・」 等とあれこれぶつぶつ言いながら掘る様がおかしい。

 だからよっぱらってぐちぐちいう酒癖の悪い人をたとえて「やまいもをほる」という言い方が鹿児島にはあるのだ。(おお、ここで焼酎とつながる・・・(^^;)
 現在ではおみやげ物として大量に作らなくてはならないが故にすり下ろした冷凍のイモなどを使っているという。もともと季節感漂っていたはずのお菓子だったのに、一年中かるかんがたべられるわけだ。
 お菓子屋さんによってかるかんに使われるヤマイモも様々なのであろうが自然薯で造られるやまいもを是非食べてみたいもの。こだわりのお菓子屋さんの出現に期待したい


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