| 焼酎台帳ラベル博物館 |
2000年以来、続けてきた焼酎台帳のTOPページにはラベルの歴史があります。 ラベルの歴史は古く、前世紀から始まったページで、今世紀初頭からやってます。(爆) まだ数は少ないんですが、一度引っ込めてしまうと、二度と皆さんのお目に留まることはありませんから、残念。いっしょけんめいつくったのにねぇ。 そこで、このページに焼酎台帳ラベル博物館を造って、みなさまにお見せしようかと突如考えつきまして、ここにオープンさせた次第でございます。 ※当博物館では、掲示されていた当時のサイズそのままで展示いたしております。 |
| 第一期ラベル 2001年2月〜2001年4月 鹿児島には一体全体いくつの銘柄があるのか?だれかデータベース作ってるのか? 誰もつくらんのじゃれば作ろうじゃないかということで始まった焼酎台帳。 管理人自ら、サーバの組み付け、OSのインストールに始まり、データベースプログラムの作成、各焼酎蔵元にお手紙を送り、銘柄データを集め登録。今考えると大変な労力である。それでも今ひとつおもしろくなかった(爆)ので、おもしろくしてやろうと思い、読み物を充実させて、デザインも一新したときに、これを描いたものである。 当時は、誤解されている鹿児島の本格焼酎の良さをわかってもらおうと一生懸命でした。 5号瓶のラベルを想定し、稲と南国っぽさを表現するためソテツの葉っぱを配しました。 この、稲が下にあるのは「伊佐美」のラベルの真似です。焼酎に限らず日本のお酒は原料がお米ですから、米がとれる所で造られてきた、そういう表現だと思います。 桜島は鹿児島のシンボルなのではずせないなと考えた作者の頭がわりと単純なのが見て取れます。(爆) |
![]() |
| 第二期ラベル 2001年5月〜2001年6月 2作目からは、1升瓶のラベルのサイズを意識した。これは、江戸末期に鹿児島が日本の近代化の基礎を築いた、このことを表現したかった。 ラベル右下の煙突は焼酎蔵ではない。鉄を溶かして鋳造するための施設で「反射炉」というものである。鹿児島の磯地区にはこの反射炉が建設され大砲を鋳造していたのである。完成したのは安政4年1857年のこと。大政奉還の10年前である。 これを指揮していたのが島津家28代当主、薩摩藩主の島津斉彬で、斉彬は同時期に、衝撃で発火する雷管の中に入れる雷汞(雷酸第二水銀)製造に欠かせないアルコールの製造のため、それまで米で造られることが一般的だった焼酎造りを見直し、さつま芋を発酵させて焼酎を造るよう奨励したのである。それまでも芋焼酎は造られていたらしいが、匂いがきつくて一般的ではなかったらしい。 「芋焼酎の品質が改良され、皆が好んで飲むようになれば、新田開発をしたのと同じで、大変利益が上がるだろう。」 と、このとき斉彬は述べているそうで、このときの大増産がきっかけとなり、芋焼酎造りが一般的になったと考えられる。そして2005年現在、芋焼酎は斉彬が予言した以上のことになっており、誠に斉彬の先見の明と歴史の運命を感じて感慨深いものがある。 |
![]() |
| 第三期ラベル 2001年7月〜2001年8月 夏らしいラベルをと思い、海を描いた。 錦江湾の白波バックに桜島から昇る朝日である。ああ、なんという鹿児島の精神的な風景。(笑) このころから既存の焼酎のパロディ化路線に走る。(笑)ご存じ「さつま白波」のラベルのパロディであることはいうまでもない。四字熟語というか漢文は、「風味絶桂」「名声轟四海」がオリジナルである。 赤字でカタカナのルビがふってあるのもオリジナルの真似。 このときのラベルを縮めたものが、現在のリンク用バナーになっている。 |
![]() |
| 第四期ラベル 2001年9月〜2001年10月 秋らしさを出そうと思い、収穫直前のさつまいも畑を描いた。バックにやはり桜島である。桜島の周りは海なのでこのラベルに描かれるような風景は実際には存在せず、写真には撮れないだろう。撮れるとしたら桜島町の芋畑くらいかな?。 芋の葉の付き方、形を描くのにものすごく苦労したことを思い出す。ただ描いてもちっとも芋らしく見えないのである。植物の絵を描く昔の絵師はすごいなあと、このとき思った。 この芋の葉を描くのに精根尽き果てて、芋畑以外はよく見ると前回のラベルの使い回しであることがわかる。(爆) |
![]() |
| 第五期ラベル 2001年11月〜2005年8月 お正月前に、めでたい柄を、そうだな〜、寿はめでたいな〜。 さつま寿のラベルを・・・・。ということでできた。 本当の尾込商店の寿のラベルには、鶴と亀なんて描いてない。 これはめでたくて描きやすかったので描いただけです。 それに「内容絶桂、名声轟電網」の漢文も、さつま白波のときそのまんまである。戦時下の物資厳しい折(なんじゃそら?)いかにに手抜きを考えていたか推察される。 このラベルの変更を最後に、台帳管理人は仕事上の大きな課題を抱えて焼酎台帳の楽しい更新作業から実に4年もの間遠ざかることとなる。 よって、このラベルは歴史上最も長くネット上に露出されることとなった。 |
![]() |
| 第六期ラベル 2005年8月〜2007年4月 まるで、タイムマシンの様に時は流れ、いきなり2005年である。焼酎各大手が次々と代表銘柄を黒麹にして、だいぶそれが広まってきたところで、ど〜してもこのラベルを造りたくなってつくった。 白波黒のラベルデザインのパロディである。オリジナルは黒地に金字、真っ赤な字で「黒麹仕込み」とある。「黒麹仕込み」は「電網仕込み」とした。(笑) まるで、白波のラベルをネガ反転したかのようなラベルは出た当時相当話題を呼んだが、こうも各社似てくると、どうも・・・・・。(^^;) 黒麹の威勢の良さこそ本来の薩摩焼酎の味なのか?。それとも慣れ親しんできた白麹の甘い味わいとコクがそうなのか?。議論を分かつところ。 それにしても黒麹焼酎は今後はどういう方向へ進んでいくのだろう。黒麹であることはもはやアイデンティティではあり得なくなってきている。 |
![]() |
| 第七期ラベル 2007年4月〜 仕事上の苦しみ、管理人の家庭内事情もふくめ、苦しい中忙中閑ありといったとある一日に、ふとスーパーで見かけた白金酒造の「白金の露」。 姶良地区の焼酎といえばこれ。規模は小さいが、重要文化財にもなっている石蔵で手造り木桶蒸留を行っている。国道10号線の旧道を挟んで石蔵の向かい側には近代的な工場も併設している。 この白金の露のラベルのもつ、なんというか凛々しい姿が、非常になぜか縁起のよいもののように思えて、そのまま購入して帰り、パソコンの傍らに一升瓶を置き、わざわざ篆刻のフォントまで入手して半日以上かけて作ったのがこれ。 作り終えたときいいようのない満足感を覚えた。自分でアホじゃなかろうかと思った。へんなものである。これを作ったのが2007年1月のことだったのだが、満を持して公開しようときめていた。 新年度を迎えいよいよそのときがきたのでここに公開する。 さて、ただいま焼酎台帳のWEB2.0時代に対応した大改造が計画されている。こうご期待。でもほんとにできるのか!。がんばれ管理人。(管理人は精神的リハビリが必要ですのでしばらくお待ちください。)(笑) |
![]() |